神奈川県三浦市・海南神社>古社巡拝録

海南神社
かいなんじんじゃ
 ご祭神 
藤原資盈(ふじわらすけみつ)
盈渡姫(みつわたりひめ)
地主大神
(じぬしおおかみ)

 鎮座地 神奈川県三浦市三崎4ー12-11
 参拝日 2017.11.17

<由緒>

清和天皇の治世、皇位継承争いに絡んで讒訴を蒙り左遷された藤原資盈が
貞観
6年(864年)、任地の筑紫国へ赴く途中で暴風によって三浦半島に漂着、
当地の長に推戴された。77その後資盈は房総海賊を平定し、
また福祉に努めたため地元民から崇敬され、貞観8年(866年)に資盈が没すると、
地元民は祠を建てて祀った。
天元
5年(982年)になると、現在の地に社殿が建立され、三浦郡総社となった。

承応2年(1653年)には正一位に列せられ、
享保
4年(1719年)には三浦半島の総鎮守となった。
明治6年(1873年)に郷社となり、明治40年(1907年)に神饌幣帛料共進神社に指定されている。

(wikipediaより)



















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天保14年(1843)建立狛犬
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備前焼狛犬
\\\\\\\\\\\\\\\\\\\備前焼


源頼朝手植えの公孫樹
齢約800年

龍神社の上にかかる公孫樹の枝が
龍神様のお姿に見えるといわれている。








フィッシャリーナウォーフうらりという三浦半島の農産物や海産物の店がある
市場の駐車場に車を止め、阿5分ほど歩いて町中にあるこの神社へ。
源頼朝お手植えと伝えられる公孫樹が見事だった。
三浦は遠洋の基地で市場の店には冷凍マグロがたくさん並んでいた。
我が町では手に入らないカマなど購入した。





     
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