熊谷市玉作・八幡神社>埼玉の神社>古社巡拝録

玉作・八幡神社
たまつくり   はちまんじんじゃ
 
 ご祭神  誉田別命(ほんだわけのみこと)
 鎮座地 埼玉県熊谷市玉作343
 参拝日 2015.3.12

<由緒>

船木遺跡の出土品に見られるように、
古代、大里郡内では勾玉や管玉が製作されており、
玉作という地名もこの地に玉造部が住んでいたことによるという。
『郡村誌』に『往古は玉造神社と唱えたりと云]とあるように、当社は古くは
玉造神社と呼ばれ、古代の玉造部が創祀し、奉斎した社ではないかと考えられている。
この玉造神社が八幡神社になった時期や経緯については明らかでないが、
地内にある玉泉寺は源頼朝の弟である範頼草創の慈元院を再興したものであるという
伝承があることや、近くの津田には鎌倉の鶴岡八幡宮の放生会料所にかかわる
八幡神社があることから、源氏の台頭に伴い、源家の氏神である八幡神社が
玉作に勧請された結果、旧来の玉造神社が衰微したか、社名を改め、
今日の八幡神社になったものであろうか。


(埼玉の神社 埼玉県神社庁より)














拝殿内狛犬




<参拝メモ>

玉作の地内は、中央部を南北に貫通する大里比企j広域農道を境にして、
西側が本田、東側が新田と呼ばれ、当社は、本田の集落の北端部に、
荒川支流の和田吉野川の流れを背に鎮座し、その社殿は水害を避けるために
水塚の上に築かれている。
(埼玉の神社 埼玉県神社庁より)

拝殿の中に、白い狛犬が座っていたが
拝殿内で、制作年代等不明。


(駐車スペース有)



     
 HOME    INDEX









inserted by FC2 system