美里町古郡・北向神社>埼玉の神社>古社巡拝

   古郡・北向神社
   ふるごおり   きたむきじんじゃ

 ご祭神
須佐之男命(すさのおのみこと)
大己貴命(おおなむちのみこと)
少彦名命(すくなひこなのみこと)

 
 鎮座地 美里町古郡257
 参拝日  2014.5.12

<由緒>

創建を明確にする記録は伝えられていないが、当地黄檗宗日光山安光寺に残る
寛延元年(1748)の鐘銘及び宝暦元年(1751)の
「武蔵国那珂郡古郡村日光山安光寺記」には次のように記されている。
坂上田村麻呂が征夷大将軍として蝦夷征討へ赴く途次、
上野国緑野郡勅使河原に陣を設けた折、身馴川の十丈の淵に棲む神竜(大蛇)が
川を渡る者を水死させることから、人々が往来に困っていることを聞き、
日光山(同寺の裏山か)より赤城大明神に誓願をなし、大蛇を退治できた。
よって、誓願の通り川上に江の浜の虚空蔵、川下に薬師四仏、北向大明神五社(古郡・阿那志
・小茂田・沼上・北十条)を建立し、大蛇の尻尾を埋めた跡に同寺を建立した。
なお、同寺は永禄年間(1558−70)に焼失したため、当社の別当は
真言宗光明寺が務めていた。現在の安光寺は元文年中(1736−41)の再興である。
明治四十年に字森浦神明神社、字下耕地二柱神社、字六所六所神社を本殿に合祀、
字森浦の愛宕・諏訪・雷電の三社を境内に移転した。

「埼玉の神社・埼玉県神社庁発行」より

















秋葉神社八坂神社              天神神社 御室神社 琴平神社

       愛宕神社 聖天社 諏訪神社 天手長男社                明神社               
雷電社 八幡大神 弁天社 
                         

陰陽石

社日様                  仙元大日神


<参拝メモ>

遠くから見ると、広い田園地帯の中に社叢林が小島のように見える。
ただ、進入路が少し狭かった。社殿の彫刻類は時代とともに彩色も剥げてきているが
往時は相当に素晴らしかったのではないかと思われる。


(駐車スペース有)





   
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