野芽神社 のげじんじゃ |
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ご祭神 | ・草野姫命(かやのひめのみこと) |
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鎮座地 | 吉見町和名464 | ![]() |
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参拝日 | 2013.3.06 |
<由緒> 吉見郷の東端部一帯は、古くから谷田が開かれたところで、 中世には、横見郷と呼ばれていた。当社の鎮座する和名(わな)は、この横見郷に属した村で、 その地名は、『郡村誌』に「地味真土三分 赤色埴土七分」とあるように、 埴土の多い土地であるため、「埴」が転訛したものであると考えられる。 当社の社名の「野芽」は「のげ」(『風土記校稿』では「のぐ」)と訓(よ)んでおり、 イネ科植物の穂先にある剛毛である芒のことを意味している。 『曽丹集』に「我守るなかての稲も芒は落ちてむらむら穂先出でにけらしも」という 歌があるが、稲や麦の穂先に伸びる芒は豊かな実りをもたらすもの、すなわち 穀霊が宿る依代に見立てられていたことは十分に推察できる。 横見郷の総鎮守は、式内社の横見神社に比定されている飯玉氷川神社(旧号)で、 「飯玉」という社名が示すように稲に宿る穀霊を祀る社であることを考え合わせると、 当社もまた、芒に宿る穀霊を祀る社であるということができよう。 拝殿には、江戸時代に奉納された「正一位野(埜)芽大明神」という社号額が二枚掲げられており、 そのうちの一枚にの裏面には「享保十二未(1727)八月二日」の年紀が見えることから、 このころ京都の吉田家から極位をうけたものと思われる。 社号額 享保12年 「埼玉の神社 埼玉県神社庁」より (駐車スペースあり) |
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<参拝メモ> 先に参拝した久米田神社北、約1kmのところに 鎮座している。 小さな社といった風情だが きちんと維持管理されているのだろう。 清掃も行き届いて気持ちのよい参拝が出来た。 (駐車スペースあり) 2014.12.01改記 |