<由緒> 社伝によると、当社は、物見山の尾根続きの地に、こんこんと湧き出る泉に坐す神を、 児泉明神として祀ったことに始まる。また、口碑によれば、鎮座地は、 初め明神台という地であったが、江戸期、別当を務める天台宗高蔵寺住職が、 祭祀及び氏子の参拝の便を図り、寺の西一〇〇㍍ほど離れた現在地に 社を移したという。 『明細帳』によると、明治四十年五月に字冬住の冬住神社、字富士山の浅間神社、 字天神原の天神社の無格社三社を合祀している。 「埼玉の神社 埼玉県神社庁」より |
手長社 冬住社 天満社 稲荷社 浅間社 ○社 ------------------------- ------------------------- 平成5年(1993)建立 新炎形狛犬 |