武輝神社 たけてるじんじゃ |
ご神紋 左三つ巴 | ||
ご祭神 | ・経津主命(ふつぬしのみこと) |
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鎮座地 | 吉川市川藤694 | ||
参拝日 | 2013.10.03 |
<由緒> 当社は、内陣に祀る香取大明神像からもわかるように、元来は香取社と 称していた。『風土記稿』川藤村の項に載せている香取三社のうち、 「一は小名保村のちんじゅなり」と記されているのがそれである。 また、同書により真言宗福壽院の管理を受けていたことがわかる。 この寺は、明治初年の神仏分離により廃寺となり、本堂はその後しばらく 社務所としてしようされていたが、明治十五年ごろ他所へ移されてしまったと伝える。 明治二年銘の棟札には、既に当社の社名は「武輝神社」となっている。 この社名は、幕末に神主鈴木重栄が京都に赴いた際、神祇官から受けたものであるという。 「武輝」の名は、武神である当社祭神の経津主命にちなんだものか、 あるいは武蔵国にちなんだものであろう。 香取大明神像 「埼玉の神社・埼玉県神社庁発行」より |
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<参拝メモ> 吉河市最北部、川藤地区に鎮座している。すぐ北側は松伏町、 西には中川が流れている。 社殿前面柱の木鼻の彫り物が、普通は獅子頭だが 精緻な人物像が彫ってあり、良かった。 ただ、末社の後ろに置かれた、賽銭投入用のドラム缶にはびっくりした。 (駐車スペースあり) |