吉見町一ツ木氷川神社>埼玉の神社>古社巡拝録
<由緒> かって、物資の輸送手段として舟運が盛んであったころ、荒川の流域には 沢山の河岸があった。当社の鎮座する一ツ木もそうした河岸の一つとして栄えた村であり、 その地名は、河岸場に一本杉と呼ばれる大きな杉があったことに由来する。 当社はこの一ツ木の鎮守として創建され、江戸時代には当山派修験の龍海寺の持であった。 当社の裏には、近年まで、長さ一三〇センチメートルほどの石棒が立っていた。 この石棒は、竜宮に通じると伝え、その先が揺れると境内の北側にある 宮川という沼の水面もゆれたという。別当の龍海寺という寺号や、けいだいに末社として 九頭竜大神を祀っていること、宮川の椀箱淵の伝説などと考え合わせると、 この石棒の話は興味深い。 (埼玉の神社 埼玉県神社庁)より |